鴨神社は、兵庫県川西市加茂の地に御鎮座(ちんざ)されています。『延喜式(えんきしき)』と言う、今から1千年以上昔に作られた書物の摂津国川辺郡(せっつこくかわべぐん)の項に記載されていることから、創立年代は相当古いと思われますが、現在神社には古文書などの歴史を探る資料は全く残されていません。
 御祭神は京都に鎮座する上賀茂神社と同じく「別雷命(わけいかづちのみこと)」をお祀りしています。
 境内社として、天照皇大神社(あまてらすこうたいじんじゃ)・春日神社(かすがじんじゃ)・松尾神社・荒神社(こうじんじゃ)・稲荷神社(いなりじんじゃ)・熊野神社・愛宕神社(あたごじんじゃ)・多賀神社・延寿社(えんじゅしゃ)の10社がお祀(まつ)りされています。

 鴨神社を語るのに欠くことの出来ないものに、「加茂遺跡」があります。これは鴨神社を中心に約200メートル四方に存在し、旧石器時代から平安時代の集落跡で特に弥生時代中期には大規模集落が営まれていました。約2千数百年以前の弥生式文化を営んだ人々が生活していたところです。
 この遺跡が知られたのは古く、明治44年に大型の銅鐸(どうたく)が出土しており、早くから考古学者の注目を引いていました。その後大正から昭和にかけて、宮川雄逸(みやがわゆういち)氏によって、多数の弥生式土器と石器の採集が行われ「宮川石器館」が開設されるに及んで、考古学界で特筆される遺跡となりました。
 平成4年6月には、社殿(しゃでん)の裏手より古代小国家の首長の館跡(やかたあと)と思われるものや、防御施設とする土塁(どるい)や柵跡(さくあと)が発掘され、新聞の全国紙面で報道されました。また平成12年には「加茂遺跡」として国の史跡(しせき)に指定もされました。

 現在わかっている加茂遺跡の考古学的成果と鴨神社の創立由来を直接的に結びつけることはできませんが、鴨神社が弥生式遺跡の中心地に鎮座していることは事実であり、推測すれば、鴨神社の創始は、弥生時代以来の地域集落の住民の安全や、稲作の豊穣(ほうじょう)を願う祈りの場所であったに違いないと考えられます。

さて、鴨神社の氏子の方は、都市近郊でありながら稲作や畑作の専業農家として生計を立てておられ、自然の恵みに感謝され、氏神(うじがみ)様へも深く崇敬(すうけい)されています。
 鴨神社の恒例のお祭りで、 四季の2月20日は祈年祭。7月31日には茅の輪を設け、湯立神楽(ゆだてかぐら)をする夏祭。10月第2日曜日は例大祭で3年に1度、御神幸(ごしんこう)があり、お神輿(みこし)・太鼓みこし2台・お稚児(ちご)さんなど3百人ほどでのお渡御(とぎょ)が行なわれます。11月26日新穀感謝祭が行われ、それぞれ多数の氏子(うじこ)の皆さんが参列され、お祭りが行われています。
 鴨神社の現在の境内地は約4千坪あり、近郊にはめずらしい程の緑深い森が、加茂遺跡と共に残されており、地域の皆さんの憩いの場ともなっています。

参拝マメ知識